送信完了

 目覚まし時計が鳴っている。朝6時10分、シンジは隣に寝ているミカを見た。彼女はまだ、目を閉じて静かに眠っている。今朝は早くから仕事の打ち合わせがある。目を閉じると、奥の方に鈍い疲れを感じた。この仕事も、そんなに続けられるものじゃないな、シンジはそう思いながらベッドから起き上がり、キッチンへ行ってコーヒーを淹れた。

 着信音が鳴り、出るとワタベの声がした。ネットでの打ち合わせなので気は楽だった。彼は出張で地球の反対側にいて、時差は­ちょうど12時間だった。

「おはよう。そっちはまだ早いね」

「さっき起きたばかりです」

「朝早くから申し訳ない。早速先日の続きだけど、一緒にチェックしてみようか」

 そう言って2人は、ヘッドセットを装着した。そこには2人が設計しているテーマパークが広がっていた。前方に拡がる空間を見ると、シンジはまた目の奥にまた少しの痛みを感じた。シンジは30代の半ばだった。ミカはシンジより3つ年下で、一緒に暮らして5年になる。

 テーマパークのプロジェクトは始まったばかりで、今は基本計画の段階だった。アトラクションもあれば、お化け屋敷もあり、カジノもある複合施設だった。人々はヘッドセットを装着して、そこで遊ぶことも出来るし、身体を動かしてスポーツをすることも、カジノでお金を賭けることも出来た。今は基本設計の段階で、ここからそれぞれの施設をデザインして行く予定だった。

「湖の廻りを走る路面電車を作りたいね。ヨーロッパのトラムみたいなのが、湖面に映りながら走って行くんだ。それに乗ってこの敷地を廻ることも出来るし、子供も喜ぶと思うよ」

 それはワタベが前からこだわっている案だった。しかし、先日社長からやんわりと却下されたのだった。

「電車が空中に飛んで行って、ゲームになっているのはどうですかね?」シンジは考えていたアイデアを話した。「空中に基地かお城があって、そこに飛んで行くまでの間にポイントが獲得出来たり、敵がいるゲームにするというのはどうでしょうね?」

 ワタベは眉間に皺を寄せ、タバコに火を点けた。ヘビースモーカーで、何か良いアイデアがないかと探す時には必ずタバコを吸うのだった。

「それで成り立つなら仕方ないか。何でもゲームにしないと成り立たないという考えには反対だけどね。その辺のことは今度社長にも言っておかないとなぁ」

 そう言ってワタベは煙を吐き出しながら、窓の外を見た。夜の7時近くだったがまだ外は明るかった。大きな木と、緑の芝生の庭が見えた。

「ゴルフ場はどんな感じ?」

 シンジはデザインされた3次元のモデルを空間に表示した。ゴルフは今までに数度しかしたことが無かったが、基本計画を任されていた。基本計画が出来た段階で、ゴルフコースの設計の専門家が加わることになっている。それまでは、シンジがいかに素人であろうと、自由に巨大なゴルフコースを設計することが出来た。

 会社が使っている人工知能にはいくつか種類があったが、シンジたちが使っているのは3次元のデザインに特化されているものだった。その性能は飛躍的に向上して、今では誰もが作りたいもののイメージや、言葉、条件などを教えれば、人工知能がリサーチと無数のアウトプットを提案してくれた。ワタベとシンジは、作りたいもののイメージと条件を人工知能に伝え、出て来る無数の選択肢から決定した。細部に至っては仮想現実の中で実際に自分の身体を動かして作業をしながら、その空間を作ることも出来るのだった。

 人工知能が進化して、今やシンジたちがしている仕事は実は誰でも出来てしまうものだった。しかし、誰もが出来るのと、実際に大きなプロジェクトでそのポジションに就くのは違う話だった。ワタベもシンジも、この仕事に就くまでにそれなりの紆余曲折を経て来ていたのだった。

「まあこんなものかな。とりあえず大きさが合っていれば良いや」ワタベもゴルフに関しては素人なので、あまり分かっていない。

「それと、カジノの図面が出来て来たけど、どうしてこんなに見づらい図面を描くんだろう?」

 カジノは他のデザイン会社が担当していた。派手な色が使われていて、大量にコピペされた机と椅子がフロア全体に散らばっていた。この図面を描いた人は、とにかく何も描かれていない空間を埋めることで、図面の完成度が上がると考えているのだろう。

「本人的には見やすくしているつもりじゃないですかね」

「センスがないよね。あいつらデザインのことなんて何も分かっていないんだから、早く我々が主導権を取らないとなぁ。あと、お化け屋敷はね」嬉しそうにワタベは言った。「ものすごく怖くなりそうだよ。子供は泣いちゃうだろうな。トラウマにならなければ良いけど」

 ワタベが空中に表示した3次元のモデルは、巨大な迷路になっていて、そこにお化けが潜んでいるというものだった。

「迷路はもっと難しくした方が良いかも知れないね。迷いながら、お化けに追いかけられるんだ」

 お化け屋敷は大きな古いお屋敷と、広大な庭園にある巨大な迷路から成り立っていた。基本的な設計をワタベとシンジがやり、あとはグラフィックデザインの会社が担当することになっている。

「赤い橋はどうなったかな?」

「こんな感じです」

 シンジはほぼ出来ている3次元のイメージを表示させた。中国風の赤い、小さな木の橋がワタベの要望だった。

「そうそうこんな感じ。この赤い橋が水面に映って、その下をボートで通り抜けるんだよ。なかなか良いでしょう」

 ワタベは、自分の個人的な思い出でこのプロジェクトを作る傾向があった。この赤い橋も、彼が行ったことがあるベトナムかどこかの池の橋だった。

 スポーツ、ギャンブル、ホラー、アトラクション。仮想現実でも、やはりそういうものが結局人を集めるのだった。

「ゴーカートのコースも、次までによろしく」 そう言ってワタベは打ち合わせを終わらせた。彼の仕事はそろそろ終わりだろう。シンジの1日は始まったばかりだった。シンジはまたキッチンへ行ってコーヒーを淹れた。

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